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日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦(猪瀬直樹) [本ココ!]

興味深い本を読んだので書評する。元防衛庁長官石破茂が衆院予算委員会で提示していた資料である。

日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦

日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦

  • 作者: 猪瀬 直樹
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2002/07
  • メディア: 単行本


太平洋戦争…。

あまりにも現代を生きる我々には遠い出来事。戦争ほど辛いものはないと分かりきっているはずなのに押し止められない悲惨の風化。不戦の精神継承は戦争の原体験に勝ることはないのであろうか。そんなことを考えながら「なんとなくの平和」を生きている現代人。
いや、それがどうこうではないのだ。

このところ、現代人は重大な局面で的確な判断を下すことができるであろうかと不安に駆られる事がある。何故そう考えるようになったのか。物事を「総力」で捉える志向が失われてはいないか。「総力」とはあらゆる力の単なる「足し算」ではない。捉え損ねれば概念で終わってしまうほど巨大な言葉だ。だが、この巨大な言葉は事の本質を捉えることの難しさを「厳」として響かせてもいる。

本書の舞台は昭和16年夏。近衛内閣の裏内閣として窪田内閣が日本に存在していた。閣僚平均年齢は30代前半。窪田内閣は急ごしらえで作られた内閣管理の「総力戦研究所」における仮想内閣である。この仮想内閣は本物の内閣に対し、総力戦の見地から「日本必敗」を通告する。近衛総理、後の総理になる東條英機もこの会議に参加していた…。この会議が昭和16年夏に行われたのである。故に「昭和16年夏の敗戦」と。

「総力戦研究所」などという耳慣れない組織があったことを知る人は少ない。また、その仮想内閣が日本必敗を「総力戦」の見地から結論付けていた。総力戦とは単に武力による比較のみならず、経済、思想、情報、国民性等からも構成されるまさに「国の実力」と呼べるものだ。それをいかようにして30代前半の若者が分析し、日本を世界の中でどのように捉えたのか。ただひたすら神国日本、神風、現人神を狂信・妄信し、敗戦へと突き進んだかに思われがちな太平洋戦争の時代に、冷徹に総力戦を俯瞰し日本必敗を導いた青年がいたこと。



彼らがその時代をどのように捉え、考えていたのか。そして彼らのその後は?


彼らの結論を知った近衛や東條らの現実の閣僚がそれをどう判断したのか…。



この本は著者である猪瀬直樹氏のデビュー作の一つでもあるのだそうだ。綿密な取材と丁寧な資料収集の労には賛辞を贈りたい。少々文章の硬さを感じるところはあるが、それ以上に同書が戦時中の首脳部の志向がいかなるものであったのかを新鮮な視点で提供しているところを評価したい。天皇と東條、陸軍と海軍、日本と列強、今日我々が知るところとなっている「常識」を少しばかり見直すことにはなってしまうであろうけれども。


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銀鏡反応

太平洋戦争に突入しようとしていた、あの忌まわしい時代に、日本が戦争に負けるだろうということを、総力的な視点、俯瞰から正確に導き出した人がいた事実は、戦時中の歴史をもう一度見直すのに役に立つに違いない。

わたしはみながみな、神国日本への狂信ゆえに1945年の敗戦へのめりこんでいったわけではなく、はやくから日本の敗北を予見し、戦争反対を叫んだ幾人かの人を知っている。しかし、総力的な視点から日本必敗を導き出した人が居たと言う事はこのエントリーをみるまでまったく知らなかった。

時の軍部権力がもし彼等の結論に耳を傾け、日中戦争をおわらせ、さらに賢明に太平洋戦争への道を回避していたら、すくなくとも空襲や原爆投下や特攻隊や従軍慰安婦、中国残留孤児などの悲劇は招かずに済んだかもしれない。
by 銀鏡反応 (2007-03-28 21:38) 

サファイヤ

昭和16年の夏ですか。彼らのその後が気になります。

>冷徹に総力戦を俯瞰し日本必敗を導いた青年がいたこと。

こういう人たちは弾圧を受けたのでしょうね。

私の上司は、高校生のとき国費留学でアメリカで暮らしたそうです。その時に見たアメリカの様子から、とても日本は勝てっこないと感じたそうです。
国力が全然ちがっていたと。
by サファイヤ (2007-03-28 22:25) 

kyao

私自身、波乱の時代を生きてこなかったということで、いわゆる「カオス状態」での判断力を欠損していると思うことがあります。つまり、今まで自分が遭遇してこなかった状況に置かれたとき、必要以上に混乱してしまうと言う(笑)。
戦争という行為が美化されることはないのですが、この時代を肌に感じて生き抜いてきた人々は、そういう究極の局面においても取り乱すことはないのだろうかと思いました。
by kyao (2007-03-29 07:50) 

アキオ

昔のヒトの事は、ハナシを聞く機会があると実感しますね、、

「今の世界のヒトよりも、大人だなぁ」と。

時代がそうさせたのか、それとも、自分たちが退化してるのか、、
解んなくなりますよ。。
by アキオ (2007-03-29 16:56) 

参明学士/PlaAri

★銀鏡反応さん、総力戦研究所の冷静な戦局の見通しは真珠湾攻撃と原爆投下以外のほぼ全てを正確に見通していたようです。
特にエネルギーの確保とソ連参戦については秀逸な分析を残しており、今日に至ってその明晰さはもっと評価されても良いものだと感じます。
この本の最大のポイントは、こうした分析を当時陸軍大臣であった東條も知っていたこと、近衛首相も知っていたこと、そしてそれをどのように判断したのかという一連の流れを緊迫感ある文章で綴っていることだと思います。
もしお時間があるようでしたら一見の価値はあると思いますよ。

★サァファイアさん、そうなんですよね、今も昔も国力の違いって意外と肌で感じる人も少なくないのだと思います。加えて言うならば、当時そうした「肌で感じる」論理だけではなく「総力戦」の見地から冷徹に日本の必敗を導き出した青年がいたことは誇らしい歴史なのかもしれません。それを採用しなかったのもまたこの国の政治でしたけれども。

★kyaoさん、「カオス状態」をどう捉えるかというのは、知識を大量に導入しようとした人類の持つカルマなのかもしれません。
人類の知っていることなど、事の側面ばかりだと言えなくもないのではないでしょうか。単立の物質成分追求に止まらず、事物が多様に連関して影響し合う様や、生命の問題など、現在回答不能なテーゼは余りにも多いですよね。
そうした「カオス」の中で何かを判断するための光明となりうるものがあるとすれば、「把握のための努力を怠らず、できる限りの情報と事実を集積する」態度を持つことなのかもしれません。その為には我々が少なからず持っている「偏見」という化け物とは戦わねばなりません。そう、当時の日本にあった「神国日本は必ず勝つ」というような…あれです。

★アキオさん、そうですね、ヒトは「進化している部分も確かにあるし、失われたものもある」というのが私の実感です。歴史は繰り返すなどと言われますが、平和・安定がヒトを堕落と無関心の闇にいざなうものなのだとしたら、今はまさにそれなのでしょうか。
利便性が高まったこととヒトが進化したことは混同してはならないと思います。これは勘違いしてはならないことで、仮に進化したヒトがいると言うのならば、「護るべきものの変化」を見るのがよいのかなと考えます。そうですね、「オラが村、オラが国」から、「我らの地球、人類の同胞」と捉えるヒトの拡大をさして進化と呼びたいなと考えたりするのです。
by 参明学士/PlaAri (2007-03-30 00:31) 

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